2009年10月19日月曜日

リターンマッチ

 今回は超青鳥号の様子見を兼ねて,紀勢本線の駅を訪ねて熊野,尾鷲,紀伊長島方面に出かけた。このルートは以前の超赤鳥号が事故った時に行こうと思っていた企画。そこでルートを同じにして,リターンマッチ作戦にしてみた。ルートは事故現場の奈良県宇陀市榛原区を通った。さすがに今回は事故はしなかった。そこから菟田野に抜け,吉野をかすめ,川上村から上北山,池原ダム,下北山を通って熊野に向かった。途中,川上村でねずみ捕りをしていた。直前に対向車がパッシングしてくれたので事なきを得た。対向車の方に感謝。池原ダムのダム湖に沿った道は,かなりカーブがきつい。そこから七色ダムのダム湖に沿った辺りはとてもよい練習コース。今回の調子はというと,まあまあ,って感じだった。キャブレターからインジェクションに変わったので,若干スロットルの感触が違っていた。またクラッチレバーの距離の調節がちょっと違うみたいで,クラッチをつなぐ時の半クラッチの位置がちょっと違うみたいで,多少ギクシャクしてしまった。

 熊野では市街には行かず,大泊から国道311号線を東に向かった。大泊で国道42号線から国道311号線に入るが,まずはその直前辺りにある清滝を見てみた。いつも遠くから見ていて気になっていた。で、広い駐車スペースがあると思って気にしながら佐田坂を下って行ったが,気付いたら滝を通過していた。仕方ないので、引き返した。すると、滝のある辺りには小さなスペースしかなかった。あれはわからんわ。滝はまあまあの高さがあったが,あまり有名じゃないのかなぁ?全然人気がなかった。立派な滝なのになんでかなぁ??

 清滝の次から紀勢線の駅に立ち寄る企画開始。まずは大泊駅に立ち寄った。とりあえずホームに上がって写真撮ってたら,警笛が聞こえた。音の方を見るとトンネルの向こうにライトが見えた。近づいてもスピードは速いままだったので,通過列車だと思ったら案の定特急南紀だった。次の駅は波田須駅。ここは駅の場所が判りにくかった。駅前の道は狭いし。駅としてはなんかいい感じだった。狭い所にホームが一本しかなく,その向こうには海が広がっていた。列車の本数が少ないから大変だけど,こんな駅のそばに住むのもちょっといいなぁ,と思った。その次は新鹿駅。あたしかと読む。新鹿は遠浅できれいな海水浴場がある。駅に着いた時に各駅停車がきた。今回はよく列車に遭遇したなぁ。こんだけ本数少ないのに。新鹿の次は二木島駅。にぎしまと読む。二木島は漁港。国道が改良されるまでは陸の孤島だったかもしれない。二木島駅の両端はトンネルになっていた。この辺りの地形がかなり厳しいということやね。二木島の次は賀田駅。途中,道がちょっと(かなり?)狭い区間があった。大型車両が来ると通れない感じだった。賀田はちょっと大きな感じの集落だった。駅は集落の手前にあった。ここでも列車に遭遇した。こんだけ本数少ないのに珍しいなぁ。

 賀田の次は三木里駅。三木里も海水浴場がある所。後で聞いたが,尾鷲の和幸寿司のご主人は三木里の出身らしい。駅はかつては2番線まであったようだが,今は1本は線路が取り除かれて, 1番線のみになっていた。ここでも列車に遭遇した。特急が通過して行った。本数の割りに特急に遭遇するのは特急の割合が高いというこの路線の特徴やろね。三木里の次は九鬼駅。そこも小さな駅だった。両側がすぐにトンネルというのもこの区間の駅らしかった。九鬼駅の次は大曽根浦駅。そこに向かう県道は細そうだったので,改良された国道311号線で一度国道42号線に出てから引き返す作戦にした。国道42号線からは熊野古道センターを目指せばよかったので,簡単だった。大曽根浦駅は駅舎がなかった。梅ヶ谷駅みたいだった。ホームは2番線まであったし,保線用の車両もあったけど,駅舎は見当たらなかった。経費削減なのかなぁ?大曽根浦の次は尾鷲。 1時半ぐらいだったので,まずは昼飯。昼飯は和幸寿司。たしか今回で4度目かな?ご主人は顔を覚えていてくれた。今回はにぎりの竹セットにしてみた。なかなかおいしかった。お昼を食べたら尾鷲駅へ。尾鷲駅は特急停車駅の割には駅前がこじんまりしている。それでも駅員がいて,切符が自動販売機で買えるのは大きな駅ということやね。尾鷲でガソリンを入れてさらに先を目指した。この辺でもうかなりの数の駅を見てきて,ちょっと疲れてきていた。でも折角なので,後4駅を頑張ってみることにした。

 尾鷲から,相賀,船津,三野瀬,紀伊長島と見て帰路についた。相賀も船津も三野瀬も2番線まである駅だった。きっとかなり昔に作られた時の規格やったんやろね。それより東の駅と構造が似てるから。紀伊長島は駅前がこれまでの中で一番それっぽかった。尾鷲はなんであんなにないもないのかなぁ?紀伊長島はホームが3番線まであったし,保線用などの線も複数あった。尾鷲よりも大きな感じのする駅だった。ここでも特急南紀に遭遇した。今日はほんとによく列車に遭うなぁ。前回はほとんどあわなかったのに。時間帯が違うからかな?帰りに大内山のミルクランドでシュークリームを食べ,コーヒー牛乳を飲んでバターを買った。結構おいしかったのよ,バターが。その後,大内山インターから紀勢道を走って帰った。今回はなんとなく他の車の挙動が荒っぽい感じがした。世の中に余裕が無くなってきてるのかもしれない,と感じてしまった。

より多くの写真をみたい方はMatsup's Motorcycleを見てやったください。

2009年10月13日火曜日

超青鳥号登場~

 10月11日に念願のニューマシンが手に入った。ニューマシン(と言っても中古車だけど)は,壊してしまったのと同じSuper Black Bird (CBR1100XX)。以前のは1998年式だったけど,今回のは2000年式。そうなるとキャブレターじゃなくてFuel Injectionになってるし,イモビライザーがついてちょっとセキュリティが向上したマシンになってる。ただ,FIだとハイオク限定と言われてしまった。ガソリン代がかかるなぁ。色は以前は赤だったけど,今回は青。真っ青という感じの青。他の違いはマフラー。以前のは純正のままだったけど,今回のはヨシムラのマフラーがついていた。純正は2本出しだけど,ヨシムラのは1本出しで,車検証を見ると車幅がかなり狭くなっていた。おかげで場所を取らなくなってよかったけど,なんとなく左側から見た感じが頼りなくなってしまった。他は大体同じ構造なので,GIVIのケースを取り付けるステーもそのまま流用できた。他にもETCを付けてもらったりした。タイヤは前回と同じく,PIRELLIのDIABLO Stradaにしてもらった。最近は(以前から?)グリップよりも耐久性重視の走りをしてるので。高速もふわわぐらいしかださないしぃ~。ま,安全運転で行きましょう~

2009年10月10日土曜日

草津・志賀

ちょっと前の話を載せておきましょう。
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 バイク事故にもめげずに,休みを取って走りに行った。当然今回はスパルタン号での出撃。今回は2日あったので,1泊2日の旅にしてみた。どうせ行くなら一泊しないと行けない所に行こうと思い,行ってみたかった草津温泉〜志賀高原のルートを走ることにした。当然宿泊は草津温泉。平日なので予約は余裕だった。 1日目は横川駅とそのそばにある碓氷峠鉄道文化村に行き,そこから国道18号線の旧道を通って軽井沢に抜けて,浅間山を見ながら草津温泉に向かうことにしてみた。軽井沢から草津温泉までの道は適当に行こうと思っていた。横川駅まで行くには当然高速をいっぱい利用した。折角なので新名神から伊勢湾岸道を走り,東海環状道から中央道を走ることにした。その先は気分次第で長野道岡谷インターで下りてもいいし,そのまま長野道を走って,上信越道で松井田妙義インターまで行く作戦でもよかった。結果的にはずっと高速を使った。

 出発は午前3時半。平日なので午前4時までに高速に乗らないとお金かかるので,なんとか早起きして出発した。無事高速に乗れた途端にしんどくなったけど,新名神から東名阪道に合流する辺りはよく渋滞するので頑張って東名阪道の御在所SAまで行ってから休憩した。さすがに早朝だったので亀山ジャンクションも余裕で通過できた。御在所SAでは,かなり眠かったけどこれが意外と寝れなかった。それでも1時間ほど休憩してから出発した。豊田から先は東海環状道を走ってみた。片側一車線かと思っていたら,中央道の土岐ジャンクションまでちゃんと4車線だった。さすがにトヨタのお膝元?もしかして愛知万博のおかげか??

 中央道も早朝は空いていた。冬じゃないしね。で,恵那峡SAで再び休憩。やっぱり睡眠時間が少ないとあかんねぇ。その後,阿智PAのセルフ式のガソリンスタンドでガソリンを入れて先に進んだ。阿智PAをすぎるとそろそろルートを決めないといけなかった。伊北インター辺りまでは岡谷で下りようと思っていたが,気温が下がってちょっとお腹が痛くなってきた。となるとSAかPAで休憩したい。大減量をするならSAがいいと思ったけど, SAとなると中央道の諏訪SAか長野道の梓川SAになる。諏訪SAまで行くと高速を下りてからのルートがめんどくさいなぁ,と思って長野道の梓川SAまで行き,そのまま高速をずっと走る作戦にしてみた。作戦は成功,梓川SAのトイレはいい感じだった。ついでに梓川SAのドトールでホットドッグとカプチーノの朝食を食べた。

 梓川SAからは長野道をのんびりと走って,長野から上信越道で横川を目指した。上信越道は開通時は片側一車線だったけど,全線で4車線になっていた。更埴ジャンクションから先は長いトンネルが数本あった。そりゃぁ,片側一車線にしてしまうかもなぁ。当時は長野オリンピックに間に合わせないといけなかったやろうしね。小諸付近は開けた感じだったけど,佐久から松井田妙義インターまでは山岳区間だった。さすがに碓氷峠を越えるだけのことはあるねぇ。碓氷峠付近の山は結構険しい。ちょうど出発する頃にくれよんしんちゃんの作者の方がこの辺りで消息を絶ったということだった。(後日荒船山の断崖から転落して亡くなられていたと報道があった)妙義山はとても楽しそうな山みたいだったが,時間がないので今回はパスすることにした。

 横川SAで最後の休憩をした。スタバがあったので,クレムブリュレマキアートを飲んでみた。疲れた時には甘めの飲み物がいいねぇ。ガソリンがちょっと気になったけど,軽井沢まではいけそうだと思って,入れずに進んだ。そこから横川駅までは少しだけバックする。道は空いていたのですぐに横川駅に着いた。横川駅の駅舎自体は国道18号線とは反対の北側にあるが,横川〜軽井沢間が廃止されてからは,構内の線路を撤去して鉄道文化村とその駐車場にしたので,今は国道18号線側(南側)から入れる。とりあえず横川駅のそばにバイクを停めて,横川駅を見学してみた。横川駅はとても小さな駅だった。もうちょっと大きいかと思っていたので意外だった。現在は駅の西の端辺りで線路が切られていた。そこでいきなり終わっている感じだった。もうちょっとましな終端処理はできなかったのかねぇ?

 その後,碓氷峠鉄道文化村に寄ってみた。文化村の入場券は500円で切符みたいだった。そこには電気機関車などの実車があるので,見てみようと思っていた。ゲートを入るとまず目に入るのが特急用の189系の電車の先頭車両。かつて特急あさまに使われていたものらしい。あさまは碓氷峠を越えていたので,電気機関車と連動して動かせるような特別仕様だったらしい。中に入って運転台まで入れた。車内はちょっと埃っぽかった。運転台はかなり古くなっていた。メーター類が古風なのは仕方ないが,室内なのに結構さびていたのが残念だった。電車の運転台は初めて見たけど,助手席側に多くのスイッチがあった。あれは何のスイッチかねぇ?(読めばわかるかもしれないけど)次は電気機関車。整備工場にEF63とEF62が置いてあった。さすがに本物は違うねぇ。 EF62とEF63はともにF型の直流電気機関車だけど,車軸がB-B-B配置とC-C配置の違いがあった。えっ?それは何かって?EFのFは横から見て動輪が6輪(Fは6番目)で, B-B-Bはそれを動輪2個ずつまとめて一つの台車につけて,合計3つの台車があるもの。 C-Cは動輪3個で一つの台車になっているため,台車は2つとなっている。運転席はどちらも古い感じだった。最近の運転台はどんな感じかねぇ?一度大宮まで行かないといけないか?さらに敷地の西の屋外にはいろんな車両が置いてあった。惹かれたのはやっぱりEF58とEF65やねぇ。 EF58はあの独特の形が趣きあるのよねぇ。 EF65は特急用の塗装がいいよねぇ。他にもいっぱいあったけど,あの二つが私の好みだった。 EF58の台車ってC-C(動輪じゃない車輪もあるから2C-C2と書かれる)の台車の動輪が等間隔じゃなかった。ちょっと広い隙間の間にモーターが入っていた。しかしどれも大きくて重そうだった。どっかに値段が書いてあったけど,1億円以上したみたい。屋外展示は公園っぽい雰囲気の場所だった。

 そうこうするうちにお昼になったので,お腹が空いてきた。横川といえば峠の釜飯を食べなきゃ。折角なので横川駅の駅前にある食堂で食べることにした。お店はおぎのや。いろんなところにお店を出してるけど,やっぱり本店(と呼ぶのか?)で食べないとね。さすがにおいしかったねぇ。小ぶりだったけど,意外とお腹にきた。

 横川駅を出たら,明治時代に作られた碓氷峠を越えるアプト式の鉄道の遺構を見る事にした。ルートは国道18号線の旧道を行けばよい。まずは温泉施設のくつろぎの郷に行く。くつろぎの郷までは鉄道文化村から旧信越本線の線路を使ってトロッコ列車が走っていた。さらに先に行くと,トンネルやら橋がいっぱいあった。特にめがね橋と呼ばれる碓氷第三橋梁は見ごたえがあった。これも明治に造られた路線の遺構。大きなレンガ造りだった。下の国道18号線にバイクを停めたけど,橋の上に上がることができた。鉄道文化村からめがね橋までの5km弱は遊歩道になっているらしかった。さすがに歩く元気はなかった。橋の上から見ると,ちょっと離れた所に昭和に造られた路線が見えた。さらに軽井沢よりにも遺構が残っていた。軽井沢に近い辺りでは明治期の路線と昭和の路線はほぼ同じところを走ってるみたいだった。昭和の路線はまだまだ使えそうに見えた。なんで廃止したのかねぇ?国道とは思えない路面の悪いくねくねした道を行くと,やがて碓氷峠にたどり着いた。結構長い峠道だった。峠のすぐ向こうに鉄道のトンネル出口があった。旧信越本線の出口の横に長野新幹線の出口があった。一方は草ぼうぼうだったけど,新幹線は真新しかった。なんかねぇ,と思った。

 折角なので軽井沢駅にも行ってみた。ここでも古い線と新幹線の対比が見られた。新幹線の軽井沢駅はさすがに軽井沢という感じの駅やったねぇ。軽井沢では旧軽井沢を抜けて,白糸の滝に向かった。軽井沢はリゾートという雰囲気だった。個人的には好きじゃない雰囲気だ。人通りの多い町営駐車場付近を過ぎると,いかにも別荘地,というところだった。敷地も広そうだし,建物も別荘らしいものが多かった。みんな木々に囲まれていたしね。そこから白糸ハイランドウェイを走って白糸の滝を目指した。これがひどい道だった。有料道路でバイクは210円だが,路面が悪すぎ。距離も言うほど長くないのに,もうちょっとましにできないのかねぇ?白糸の滝はなかなか面白かった。地層の境目から水が流れ落ちてきて,独特の形になっていた。

 白糸の滝の次は浅間山を見に行った。白糸ハイランドウェイを行くと国道146号線と交差した後,鬼押ハイウェーに入る。鬼押ハイウェーは浅間山の鬼押出しに向かっていく道。前半の軽井沢区間(峰の茶屋→鬼押出し)が150円で,後半(何区間だっけ?鬼押出し→三原)が250円だった。経営はプリンスホテルだった。鬼押ハイウェーは結構いい道だった。途中,浅間山に近い六里ヶ原休憩所で休憩してソフトクリームを食べた。そこにMVアウグスタに乗ったライダーの方がいたので,話しかけてみた。おじさんは草津(当然草津温泉の草津)に住んでる方だった。草津温泉に泊まる,と話すとルートを教えてくれた。お勧めルートはパノラマラインだった。以前の浅間広域農道がパノラマライン南ルートと名前を変え,北側にあるパノラマラインがパノラマライン北ルートとなっていた。パノラマラインはキャベツ畑の中を走る雰囲気のいい道。最近よくバイク雑誌に載ってるらしい。鬼押出し園のすぐ先にある鬼押ハイウェーの後半区間の料金所を過ぎてちょっと行くと県道235号線があり,左折して大笠を目指す。パルコール嬬恋ゴルフコースを過ぎて左折したらパノラマライン南ルートに入る。パノラマラインは気持ちよく走れた。ただ,農道なので収穫期には路面に泥が落ちてるし,運搬用の大型トラックがとてもゆっくり走ってるので注意が必要だが。でもさすがにお勧めだけあっていい道だった。

 パノラマラインを通るとあっという間に草津だった。 6時ごろになるかと思っていたけど,4時ごろには着いた。手前の道の駅で情報をもらって宿に着いた。宿は旅館美津木。草津温泉の中心の湯畑から東に行った辺り。坂をちょっと下がった辺りにあった。湯畑からかなり遠いかと思ったけど,歩いて15分ほどの距離だった。今回は素泊まりでお一人様5500円+消費税だった。宿に着いたのが早かったので,近くの大滝乃湯に行ってみた。そこは日帰りの温泉施設で,1階に合わせ湯というのがあるところ。宿で割引券をもらったので,800円が720円になった。草津温泉は源泉が95℃あるらしく,どこも熱い。合わせ湯は38℃,42℃,44℃,45℃,46℃の小さな湯船があり,いろんな順で入るというもの。貼ってあった順は,42℃,46℃,38℃,45℃,44℃の順。これが熱かった。やっぱり46℃は熱すぎやわ。ま,草津温泉は基本的に長く入る感じじゃなくて,さっと入るものらしいが。お風呂のあとは湯畑の辺りをぶらぶらしてみた。さすがに雰囲気はあるねぇ。晩飯は源氏という名の居酒屋に行った。馬肉のたたきがおいしかった。もつ煮込みとなすの揚げ出しとビールを飲んでほろ酔いで宿に帰った。宿に帰ったら8時前だったのにすぐに寝てしまった。当然夜中に目が覚めた。折角なので24時間入れる宿のお風呂に入ってみた。やっぱり熱かった。でも気持ちよかった。

 早朝にもう一度お風呂に入って7時半ごろに宿を出発した。今回は素泊まりだったので,近所のコンビニに寄って朝ご飯を買った。目的地は白根山の湯釜。火山の火口に水が溜まった池らしい。ルートは国道292号線(志賀草津道路)を登っていく。途中,火山性ガスが出ているところがあり,駐車厳禁のところがあった。植生は熊笹や背の低い松(はいまつ?)などが多い高山性だった。湯釜は白根山の山頂のすぐ近く,標高が2000mを越えていた。さすがに涼しかった。駐車場から歩いて見に行くが,中央の登山道は閉鎖されていた。ガスのためらしい。西側のルートを登って見に行った。朝早いのに観光バスがバンバンやってきていた。頑張って湯釜を見て下りてきた。湯釜から志賀草津道路を走って渋峠,横手山を目指した。道はとてもいい道だった。景色は日本離れしていていい感じだった。渋峠は冬にしか来たことがなかった。意外とさびれた感じだった。渋峠からも横手山の山頂にリフトでいけるが,個人的には北側から行きたかったので先に進んだ。横手山にはレストハウスそばのスカイレーターでリフト下まで上がり,そこからリフトで上がった。スカイレーターは動く歩道みたいなやつ。上りと下りの交互運転なので,下りの人が終わるまで待たされた。横手山山頂は冬と同じいつもの山頂だった。当然雪と氷はなかったが。で,山頂と言えば横手山頂ヒュッテ。山頂ヒュッテではきの子セットを食べた。満足。そういえばシベリアンハスキーがいなかったなぁ。どこにいるのかな?

 横手山からは焼額山,奥志賀と走り,奥志賀公園栄線(奥志賀林道)を抜けて野沢温泉を目指した。奥志賀林道は1〜1.5車線だが,全線舗装されていて,快適なルートだった。距離が56.4kmらしく,200mおきに距離票があった。なかなか距離が伸びず,延々と走っている感じだった。奥志賀林道からは秋山郷に行く分岐もあるし,カヤノ平から飯山に抜けるルートもあるみたいだった。今回は最後の方まで奥志賀林道を進んだ。途中,気づいたら奥志賀から25kmほどの地点ではかなり高いところを走っていた。で,記念撮影。中間点の28.2kmを過ぎると,すぐに野沢温泉スキー場の最上部にたどり着いた。そこいらは毛無山の頂上近く。夏のゲレンデはあまりそそられないねぇ。そこからしばらく野沢温泉スキー場のゲレンデに沿って下りていった。途中,奥志賀から40kmの地点で東に向かう奥志賀林道と野沢温泉に下りる道との分岐があった。今回は予定通り野沢温泉に向かって下りた。野沢温泉に浸かる作戦も考えられたが,今回は通過して戸狩野沢温泉駅に行ってみた。小さな駅だった。名前からだともう少し大きいと想像していたのに。駅でちょっと休憩してから,さらに先に進んだ。駅からは戸狩スキー場脇を通って,県道95号線で関田峠を越えた。眺めはよさそうだったが,雲と霞でいまいちだった。関田峠を越えた所にあるグリーンパル光原荘の駐車場で休憩した。そこでトリップメータを見ると,もうすぐ10000kmだった。折角だから写真に撮ろうと思い,その後しばらくメーターを気にしながら峠を下りた。峠からちょっと下がった光ヶ原牧場の所で9999kmとぞろ目になったので記念撮影した。さらにちょっと行った10000kmでも記念撮影した。折角だからね。

 その後は県道95号線を走って国道18号線のバイパスまで行き(そういえばこの辺りも国道18号だった),北陸道の上越インターを目指した。上越インターで高速に乗る前にガソリンを入れて高速を走った。高速に乗ったのは午後4時前だったが,午前0時を過ぎると土曜日で高速代が1000円になるので,途中のSAでいっぱい休憩した。上越からだと有磯海SA,小矢部川SA,尼御前SA,南条SA,賤ヶ岳SA,多賀SA(ここまで来ると名神)などがあるが,とりあえず有磯海SAで休憩した。そこでジムニーに乗ったおじさんに声をかけられた。おじさんは滋賀県に住んでるらしいが,やはり午前0時をすぎるようにのんびり走ってるとのことだった。その後,尼御前SAで晩飯を食べた。その先はガソリンの量が少なくなってきて,ドキドキしながら南条SAまで走った。南条SAでは今回の最高の291kmまでガソリンがもった。やっぱり6速で走り続ける高速は燃費がいいのかな?南条SAでしばらくうとうとしてたら午後11時半頃になってしまった。そうなると今度は寒くなってしまう。そこで防寒服装に着替えて出発した。さすがにシルバーウィークの始まりのためか車が多かった。こういう時の車ってどんくさい走りの車が多くて嫌なのよねぇ。もっとちゃっちゃと走って欲しいよねぇ。

ということで,今回もなんとか無事に帰って来れました。走り終わった途端にまたすぐに走りに行きたくなった。困ったものですねぇ。

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2009年10月1日木曜日

存亡の危機のその後

 しばらくblogを更新していなかった。理由は特にないが,単にblogに書きたいことがなかっただけ。この間に草津温泉と志賀高原をバイクで走ったりしたけど,blogに書いてないねぇ。今度気分が乗ったら書きましょう。
 で,今回は赤いSBB(超黒鳥)のその後について書きましょう。赤いバイクを事故ってぐしゃっとさせてしまったのが8/2。それって海外逃亡に行く前の日だった。海外逃亡先はアメリカのシカゴだった。数回前のblogに載せた写真は,ウィリスタワー(旧名:シアーズタワー)から見たシカゴのダウンタウンでした。それはさておき,帰国後,保険屋を通じてバイク事故の相手(の保険会社)と交渉してもらった。こちらの損害は修理費用が評価額を上回ってしまったので,全損扱いとなってしまった。さらに責任割合があるので,なかなか厳しい評価となった。こちらからすると相手の責任が10割やねんけどなぁ。ま,実際は9割が相手で,1割がこっち,というのが個人的な意見。でも世の中そうもいかず,過去の判例まで持ち出してきて,結局8割2割で決着した。その際,事故直後に撮っていた写真が役に立った。路面に残っていたブレーキ痕の場所が線上だったので,それでこちらの過失が少し減った。やっぱ写真は大事やね。以前事故した時には,最後に示談書みたいなのに一筆書いて,押印して郵送したけど,最近は電話で話をして終わりみたい。ちゃんと保険会社は録音してるのかなぁ?あんなので後でいちゃもんつけられたりしないのかなぁ?で,なんだかんだである程度のお金がもらえた。ちなみに相手の修理代は21万円ぐらいだったらしい。その8割を負担するとなるとかなりの金額になる。車両保険に入っていなかったら,あのおっちゃんは妹さんにぼろくそに怒られるやろうなぁ,と思った。こちらの金額は書かないでおきましょう。で,そのお金にいくらかを足して新たにバイクを買うことにした。でもさすがに新車を買うだけのお金はないから,バイク屋さんに頼んで中古車を探してもらった。運よく(ほんとに運がいいかはバイクにある程度乗ってみないとわからないけど)同じバイクの1年か2年新しいやつ(それでも8年落ち)があった。それを交渉してなんとか手の届くところまで下げてもらってめでたく購入となった。購入を決めたのが9/20で,連休とかあったし,車検を通してもらわないといけないので,実際に乗れるのは10/11の予定。さっそくその日はちょいと走ろうと思ってる。バイクのテストを兼ねて,純栗を買いにいこうかな?もう交通安全週間は終わってるよなぁ,きっと。